第3回シネマ塾

 第3回を数えることとなったシネマ塾。今回は、いよいよ街に飛び出して、実際に撮影を行います。
 講師はひきつづき中江裕司監督。企画のつくりかた、脚本のかきかた、撮影の基礎などを、3日間通してご指導いただきました。


日時:2005年9月17日(土)〜19日(祝)3日間 10:00 - 17:00予定
場所:滋賀会館およびその周辺(大津市)
プログラム:
  • 1日目(午前)
    映画とは。撮るとは。講義(30分)カメラの使い方。受講生同士が、お互いに撮りあう。外に出て、何か撮ってくる。まったく知らない人を1メートル以内から撮る。 ドキュメンタリーの基本であるコミュニケーションを実践で学ぶ。一人ずつ全員。撮ってきたものを、みんなで見ながら講評。
  • 1日目(午後)
    撮る映画の企画もしくは、脚本。その直し、班分け。脚本・企画選考会議。ロケハン。スケジュール調整。
  • 2日目 班ごとに撮影。
  • 3日目 ラッシュを見る。編集。再撮影など。編集済みの講評。
  • 参加資格:
    特になし、年齢・性別不問、ただし、滋賀県在住もしくは滋賀県内勤務の方に限る
    課題(準備):
    受講生にはあらかじめ、脚本もしくは映画の企画を書いてきていただきます。優れた企画、脚本が実際に撮影されることになります。
    参加費:
    保険料込み(3日間)一般30,000円、学生25,000円(下記、参加申込みと同時に銀行振込してください。振り込み料金はご負担をお願いします)
    参加申込み方法:
    住所・氏名・年齢・職業・電話番号を明記の上、郵送もしくはFAX、電子メールで下記まで。その際、あなたが撮りたい企画(脚本)、どこで何をどういうふうに撮りたいか、を簡単に書き添えてください。(様式自由)
    ※ 申込順先着10名まで受付けます
    その他:DVカメラ・三脚・DVテープ・編集用パソコンなどはシネファンクが準備します。参加者は昼食のみご用意ください。
    ビデオ機材協賛:ビデオエイペックス


    第3回シネマ塾体験記「実践ってすごい!」

     昨年から始まったシネファンクのシネマ塾。
    2回の基礎編を経て、今回はいよいよ大津の街で実際に撮影してみることに。題して「シネマな街を撮る」。予定では、参加されるみなさんの悪 戦苦闘ぶりをお伝えするはずだった私は、ひょんなことから当日参加することになり、しかも監督までやらせてもらいました。今回の体験でほぼ初めてカメラを触ったのですが、実践してはじ めてわかる映画のこと、失敗してはじめて気がつくことが山ほどありました。そんなこんなで悪 戦苦闘した3日間を報告します。



    カメラをもっていきなり「???」な課題

    シネマ塾写真  講師は前回、前々回に引き続き、中江裕司監督にお越しいただきました。まずは映画を撮るこ とについての監督による講義からスタート。

    「撮影中はかぎりある運を最大限に活かしたい。そのために普段小さな悪いことを常におこしておいて、その分撮影のときにいい運を使うんです。」
    「ビデオとフィルムは同じ。映像と音。」
    「カメラがあることですでに現実でないから、ノンフィクションというのは実はない。」
    「ドラマにしてもドキュメンタリーにしても、脚本なり監督の指示なりして何かを仕掛けなければ撮れないと思う。」

    などなど、基礎編のときと同じように監督の興味深い話を聴講していると、「なるほど!」と相槌を打つ一方、「本当に自分に も撮れるのだろうか」と不安になってきました。
     そして、カメラの基本的な操作を習った後、いよいよ実際に撮ってみることに。そこで監督か ら出た課題、それは「参加者同士でペアになって、10分以内で相手の『恥』を撮ってくること」 というものでした。いきなりの難題。そんなものが撮れるのかと早 速パニックになり、しかもペアになった相手はいつもお世話になっている女性。そこで、ダメで 元々、とにかくやってみようと開き直って撮りました。
     監督曰く、恥を撮るためには、カメラマンが隙を見せることなく主導権を握り、場所や被写体 を追い詰めること、それから被写体に積極的に喋らすこと、あるいは冷たくしたり、非情になっ て被写体を困らせたりすることも重要なのだそうです。私の撮ったものは、撮影中被写体である 女性との普段の立場を切り離すことができなかったため、相手の恥ではなく撮った自分の恥が 所々垣間見られる代物でした。でも、被写体を何気なく追い詰めることに成功していて、映像を 見た監督からは、「きみは変態だ」という褒め言葉をいただきました。評価を受けるまで自分で はまったくダメだとばかり思っていたので、ここで調子に乗ってしまったんですね・・・。



    えっ、カントクですか!?

    シネマ塾写真  午後からはいよいよ街に出ての撮影。そこで新たな課題が発表されました。それは、 「1時間以内でできるだけ多くの知らない人に会い、1m以内に接近し、その人の魅力を引き出してくること」 というまたまた難しい課題でした。いざ街にでてみると、なか なか撮影を承諾してもらえず、困りました。人にカメラを向けると、その人の日常が崩れるだけ でなく、そのことで不安にさせてしまうことが考えられます。つまり、カメラならびにそれを持 っている人と被写体との間に境界線ができてしまうのです。その境界線を乗り越えることが被写 体の魅力を引き出すことにつながります。
     そこで監督からのアドバイスとして、たとえばカメラ マンも一緒にカメラに映ることで、カメラマンも被写体と同じように自分をさらけ出してみれば いいとおっしゃいました。そして、撮るからには申し訳ないだとか迷惑をかけているなんて思わ ないことが大切なのだそうです。そう思っていたら相手の魅力を撮ることはできないし、撮るか らには世界を握っているのだというほどの意気込みが必要です。そもそも生きていると必ず他人 に迷惑をかけるものだから、撮った後にどうフォローするのかを考えるべきだという助言もいた だきました。

    シネマ塾写真  そして一日目の締めとして、翌日から撮影する映画の企画や脚本をどうするかといった話し合 いが行なわれました。そこでいくつかの案が出た中、私の提案した企画に参加されたみなさんが 乗ってくださり、採用されたばかりか、私自らが監督を務めることになったのでした。えらいこ とになりました。前日までただの人で、シネマ塾もただ取材するだけだったはずなのに、気がつ けば「監督」なんですから、驚き、桃の木、山椒の木・・・いやいや、よくわかりません。出演 者の方々からは「カントク、明日はどんな衣装を着てきたらいいでしょうか?」とまで言われ て、いよいよ頭が混乱してきました。とにかく一晩かけて企画を練りなおさなければなりませ ん。眠れない夜がやってきました。



    何かが生まれる瞬間の連続を撮る、その緊張といったら・・・

    シネマ塾写真  冴えない頭で筋書きを考えあぐねてようやく布団に入るも、やたらめったらそわそわして眠れ ず、気がつけば朝。「もうここまできたらやるしかない」と覚悟を決めて、滋賀会館へ。書いて きた筋書きをみなさんに見てもらうものの、よくわからないとの声が続出。自分の頭では分かっ ていても、それがなかなか伝わらない。ましてや私は文字のみで書いてきたのですから。つま り、絵コンテなるものを描くべきだったのです。「自分の中で明確に分かっていて、現場に行っ てもはっきりと指示を出せるなら絵コンテはいらないけれど、その自信がなかったら描く必要が ある」と中江監督からアドバイスを受けました。そこで、まずは絵コンテの描き方を教わった上 で、現場を見ながら絵コンテを描き、助監督との打ち合わせをし、そして昼からいよいよ撮影が 始まりました。
     ファースト・シーンを撮影する現場へと向かう間、極度の緊張から黙り込んでいた私に、「今 は出演者に、『このシーンではこういう心情を登場人物はもっていて、それにはこういう背景が あります。だから、ここではこういうことをしてください。』みたいなことをキャストと話さな いと」という中江監督からの助言。このようなキャストへの演出、心配り、スタッフやエキスト ラへの指示と、現場ではあちこち動かないといけませんでした。
     監督とはすべてを把握し、さらに先の先まで読んだ上で今の状況を眺め、そして指示しなけれ ばなりません。こう言い切る私はまったくそれができなかったのですが、そうだと思うのです。 どこを早く撮り上げ、どこで時間をかけるのか、そういったことを、天候や周りの状況、キャス ト・スタッフの様子から瞬時に判断しなければ撮ることができない。そのようなことから現場の 雰囲気は高まり、映画を撮れる環境というのか、緊張が生まれるのだと思います。ド素人の私で も、「よーい、スタート!」から「はい、カット」までの間は特に緊張しました。頭が混乱して いる上、撮影が進むごとに体力も消耗していきます。そこへわけのわからない威圧感が襲ってく るのです。それはちょっとでも気を抜いたら死んでしまうんじゃないかというほどの恐ろしさ で、全身に、フレームに、周りの状況に漂います。カットした後に残るのは、未曾有の疲労感や 興奮の混在のようなもので、めまいがするくらいふらふらします。そんな連鎖が撮影終了まで繰 り返されるのです。この感覚は今まで感じたことのない新鮮なものでした。



    どう繋ぐかでまたハラハラドキドキ

    シネマ塾写真  最終日。残りの撮影を午前中に行い、いよいよ午後から編集作業へ。まずは撮影したすべての 映像を見てみることに。すると、気がつけば編集作業が反省会に様変わりするくらいの反省点が 出てきました。
     でもこの反省点は次回に活かすとして、とにかくこの作品を完成させなければな りません。今まで撮ってきた数々の「点」を結び合わせて一本の「線」にする作業、それが編集 です。その数々の「点」にはそれぞれ必ずエモーションの生と死が宿っています。そこで、いか に生を抽出するか、すなわちどこからどこまでを採用するかが重要になってきます。驚いたこと に、0.01秒を切るか残すかということだけでも映画全体に響いてくるのです。そしてカットす るためには登場人物たちの心情を読むだけでなく、観ているお客さんの気持ちまでをも把握する ことが大切です。お客さんはありとあらゆる視覚情報をもっていますし、数多くの物語を知って います。なので、最終的にお客さんには敵いません。だから言葉が悪いかもしれませんが、どこ までお客さんの心を騙すことができるのか、どこまで胸を躍らせることができるのかが勝負であ って、編集は抵抗の作業といえるかもしれません。それがうまくいってはじめて、お客さんの心 に残る映画が生まれるのでしょう。納得のいくまで何度も練り直す編集作業は、撮影のときと同 じように気の抜けないことでした。



    映画作りはおもしろい!でも、映画はバケモノ。

     思わぬ体験をこうして改めて振り返ってみても、やっぱりあの3日間は信じられない出来事で した。かつてないエネルギッシュな日々でした。それ以来、映画の見方はもちろんのこと、普段 の感覚や考え方、人づき合いといったことまでに変化が起こっていて、いまだに尾を引いていま す。頭で考えているだけでなく、実際にやってみると刺激が身体に直接伝わって、文字通り感電 したような感じです。映画撮影にかぎらず、何に対しても自分で体験してみることの良さに気が ついただけでも素晴しい経験でした。そして、あの『ナビィの恋』の中江監督にマンツーマンで 映画制作のイロハを教え込んでもらい、濃密な時間を共有できたことがなによりの宝物となって います。
     中江監督から数々の印象的な言葉をお聞きしました。その中で、「映画は人の生き血を吸って 大きくなる。現場ではみんなが次々に狂っていくのがよくわかる。けれど、監督は現場を統括す るのだから、自分の血を与えたらいけない。映画が成立しなくなる。」「映画は監督のものでは ない。あえていうなら、お客さんのもの。監督は映画とお客さんの橋渡し役。」とおっしゃった ことが一番印象に残っています。それは今回の体験で、私が映画を撮るという感覚よりも、映画 に撮らされているような感覚ばかり感じたことに起因します。現場では確かに私が指示を出し、 演出のようなこともやっているのですが、それらは自分の好きなようにしているというよりも、 この映画にとってここはどうすべきなのか、どういう方向へ向かっているのか、そのことばかり が気になり、映画に操られているような意識に囚われました。編集においても同様です。事実、 この3日間のことをはっきりと思い出すことができないのです。それに一人では決して映画を撮 ることができません。街中での撮影のときに絶妙なタイミングで多くの人がカメラの前を通った り、スタッフの思わぬ意見や、キャストの予想外の演技が功を奏することがいくつもありまし た。初日の講義での中江監督の話を、「冗談なのかな」と半分笑いながら聞いていましたが、運 なしでは撮れないこともよくよくわかりました。しかし、何もかもすべては映画が操っているの かもしれません。映画はおそろしいです。
     とにもかくにも、実際にカメラを触ってみるとおもしろくていろいろなことを発見し、映画を 撮ることがいかに難しいかを身をもって知ることができます。だからこそますます映画に惹きつ けられ、その途方もないすごさをそれまでよりもはるかに強く感じることができると思います。 ですので、映画好きな方、撮ってみたいと思われていた方、もちろんこれを読まれて興味をもた れた方も次の機会にぜひ参加してみてはいかがでしょうか。

    ライター/酒井真吾