
シネマ塾第2回は、前回にひきつづき、中江裕司監督をお迎えして開催いたしました。
今回の上映作品は、ドキュメンタリー2本。"沖縄版ブエナ・ビスタ・ソシアルクラブ"ともいえる傑作「白百合クラブ東京へ行く」と、 監督プロデビュー前の作品「家族の肖像」です。制作裏話などもお聞きしながら、自分たちで映画をつくっていくとはどういうことなのか、 についてより詳しくお伺いすることができました。
監督:中江裕司
制作:白百合プロジェクト 出演:白百合クラブ、THE BOOM、平安隆、星野悠子、大竹研、今福健司
2002年の秋、東京の鶯谷にある東京キネマクラブで行われた白百合クラブ初の東京公演。「ウチナー・ビスタ・白百合クラブ」と題されたこのライブを記録し、さらに彼らの白保での姿を追ったドキュメンタリー。
※白百合クラブとは
終戦の翌年、石垣島の若者が集まって結成された楽団。その名は彼らの暮らす集落「白保」と、彼らが歌い遊んだ海岸「百合ケ浜」にちなむ。手作りの洋楽器を手に、唄うは石垣島白保風アレンジのハイカラ・モダンな昭和歌謡。時は巡って50有余年、平均年齢70歳以上に成長(?)し、今も南の島で唄い続ける。
監督:中江裕司
12月12日(日)、第2回シネファンク・シネマ塾が滋賀会館シネマホールにて開講されました。
講師は前回に引き続き、映画監督の中江裕司さん。師走に入って肌寒い季節になりましたが、監督は今日もアロハ姿で現れるのか?
いやいや、さすがに12月、そんなことはあるまい!?などと想像していたら、監督は見事にアロハで登場!しかも長袖アロハ。
参りました。今回のシネマ塾はドキュメンタリー編ということで、その名の通り、ドキュメンタリー作品の制作から上映に至るまで、様々な角度から講義してくださいました。
1限目は「白百合クラブ 東京へ行く」の上映。白百合クラブとは、戦後の沖縄・石垣島の白保が生んだ日本一の長寿バンド。 その白百合クラブが長年の夢だった、東京公演を実現させた模様を密着・撮影したのがこの作品です。笑いあり、笑いの裏には、 メンバーのいろいろな思いがあり・・・。そんな彼らの様子を、ていねいにすくい取った、深みのある作品でした。
2限目は、まず「白百合クラブ 東京へ行く」についての、ゲスト・トーク。そのあとに中江監督、幻のドキュメンタリー作品「家族の肖像」が上映されました。 トークでは、白百合クラブを密着するに至った経緯や、撮影秘話などをお話いただきました。そのあとに上映された「家族の肖像」は、中江監督ご自身の家族のルーツ に焦点を当てたドキュメンタリーで、自らの家族にインタビューをしたり、ふるさとの実家を訪ねたりと、前回のシネマ塾でおしゃっていた、「まずは身近な人からドキュメンタリーを撮ってみては?」 という、お話に対する、お手本となるような作品でした。
上映後は、お待ちかねの受講者からの質問タイムも含めた、ゲスト・トーク。監督は「儲けるなら、ドキュメンタリーです!」と断言されていらっしゃいましたが、それに加えて、
「撮り始めたら、何が何でも最後まで完成させることが大切。この場合の完成とは何らかの形で上映すること。こうして初めて、本当の意味で完成する。」とのこと。映画制作というものは
並々ならぬ気合いとパワーの産物なのだな、と思いました。
さて、放課後には、今回も監督を交えての懇親会が行われ、前回以上に中身の濃い塾となりました!
被写体によりそう、中江監督のドキュメンタリー
シネマ塾2「ドキュメンタリー編」ということで、今回は中江監督のドキュメンタリー作品「白百合クラブ東京に行く」と「家族の肖像」を見た。
ドキュメンタリーとはそんなものなのかも知れないが、中江監督の作品は、どことなくホームビデオ作品的な要素を感じるところがある。「琉球の魂を唄う」を見た時もそうだった。
もちろん、悪い意味で素人臭さがあるとか、そういうことではない。今回の講義では、その謎が解けた気がした。監督は、撮る対象との距離感に対して、「よりそう」という言葉を使った。
相手を「引き出す」のではなく、「聞いて欲しそうなことを聞く」。私はカメラを向ける行為というものはそもそも「暴力」であると思う。撮るもの、撮られるもの、そこには絶対的に撮るものの方が上、
という上下関係が生じる。そんな、上下関係があるにも関わらず、「よりそう」という言葉を使うのは、なんだかつじつまが合わないようにも思える。しかし、監督は言っていた、撮影中は迷惑を掛けたり、
騙すこともある、しかしそれを「許してくれる関係」を作ることが大事であると。
だから監督の行為はいつも命がけである。今も彼は依然として白百合クラブの付き人状態である。そして死ぬまでつきあって
いくという。そんな監督は、何気なくカメラを回しはじめることはないという。そして絶対に作品は完成させる。彼は完成させることや上映することで、たとえ撮影中にひどいことをしても、また対象との関係
を良いものにしていくのだ。私は監督の命を掛けた行為に、「男気」を感じた。正直こんなにも男臭い人とは思わなかった。それはまるで、恋人に「俺が幸せにしてやる」と言って、本当に実行している人のよう。
きっと彼のドキュメンタリー作品は自分と恋人との記録なのだと思う。
