
シネマ塾第1回は、京都出身沖縄在住(実はご両親とも滋賀県出身)の中江裕司監督をお迎えしました。
監督は92年沖縄県産映画「パイナップル・ツアーズ」(オムニバス)でデビュー、その後「パイパティローマ」(94年)、「ナビィの恋」(99年)、「ホテル・ハイビスカス」(02年)、「白百合クラブ東京へ行く」(03年)と話題作・ヒット作を連発。いずれの作品も、まち(むら)に生活基盤を置きながら、そこに住むフツーの人たちに焦点を合わせて、心打つ感動のドラマを生み出しています。「シネマ塾」もまちなかでの身近な生き生きとした映像作りを目標に、そんな監督の映画作りに迫ってみたいと考えました。
今回は中江監督の大ヒット作「ナビィの恋」と、同作品のオジィ役で好演した沖縄伝統音楽の最高峰・登川誠仁氏をメインに、3人の琉球の唄い手が登場するドキュメンタリー「琉球の魂を唄う」の2作品を上映しました。
監督:中江裕司、脚本:中江裕司、中江素子
出演:西田尚美、村上淳、平良とみ、登川誠仁ほか
2000年キネマ旬報ベストテン2位
2000年報知映画賞最優秀監督賞
監督:中江裕司、撮影:具志堅剛、取材:新井真理子、編集:宮島竜治
[第1部] 沖縄のジミ・ヘンドリクスと異名をとる沖縄現役最高峰の唄い手・登川誠仁が主人公。中江裕司監督が「最後の琉球人」とほれ込む登川の人間的魅力に迫る。
[第2部] 宮古民謡の国吉源次「故郷に吠える」、八重山民謡の山里勇吉「土と根の唄」、奄美民謡の武下和平「哀しみの裏声」と第一線で活躍する唄者たちにそれぞれの島唄に対する思いを唄とともにおくる必聴必見の記録。
今回のシネマ塾は、映画「ナビィ」とドキュメント「琉球」という、基本的に性格の異なる二作品をまず予備課題として与えられ、最後に“待ってました”の三時限(監督トーク)なのであった。
あたりまえなことだけれど、中江作品の魅力は「沖縄〜琉球」である。しかも、(これは奇跡的なことだと思うのだけれど)全く肩に力が入っていない。沖縄といえば基地問題と誰もが“連想”してしまうのだけれど、中江作品に接した人は、おそらく“肩透かしの快感”を無意識に味わっているのではないだろうか。
氏の作品に“沖縄問題”が希薄だと言いたいのではない。むしろ正反対のことを言いたいのだ。「ナビィ」にしても「ハイビスカス」にしても、(ぼくにとっての)主役は太陽(陽と対をなす陰)であり、あの過剰ともいえる音楽なのだ。生ける者も、死せる者も、人も動物も花も、濃密な風景の中であるべくしてそこにあり活かされる。スクリーンが飽和になるたび、沖縄の風が客席へと吹き流れる。
中江監督はこれ以上望めないほどに沖縄〜琉球と遊んでいる。…と思いきや、実のところ、ナビィの夫役、登川誠仁こそがすべてを仕切る根源ではないかと思わせる。まさにこれ以上ない自然体で“時間”を支配する誠仁御大、「琉球の魂を唄う」は監督自らの体内時計調整プロジェクトではないか。“のんびり”ではない。自然生理に従って自在に伸縮する時間、時には憂いを帯びて間遠な口説、一転するとまさに“ジミヘン”、喜怒哀楽の境界をも危うくする情熱・忘我の早弾きカチャーシー。(注:登川誠仁翁はその卓越した早弾きテクニック等から“沖縄のジミヘン”との異名を持つ。)
監督のトークは作品の裏話満載(ライセンスから現場末端のすったもんだまで)、興味津々の話題オンパレードであった。そんななかで一聴講生としてのベスト・チョイスを…。「カメラマンを筆頭に最高のシーンとして撮っておいたカットを最終編集の段階で切り捨てた。何故なら、そのシーン(で重要なエッセンス)は他の全てのシーンに散らばっているから…」う〜む、すごい、中江監督の極意ここに見たり。(探偵心のある読者への耳打ち:DVDの「ナビィ」にはオマケ=予告編として問題の“切り捨てシーン”が収められているそうです。実は「ハイビスカス」にも同工の“最高削除”があるのだけれど、それはいまのところ秘密です…)
